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大分地方裁判所 昭和44年(ヨ)64号 判決

申請人 全日本自由労働組合大分県支部宇佐分会

右代表者執行委員長 岩本昭吉

右訴訟代理人弁護士 林健一郎

同 吉田孝美

右両名訴訟復代理人弁護士 岡村正淳

被申請人 宇佐市

右代表者市長 山口馬城次

右訴訟代理人弁護士 安田幹太

同 向井一正

主文

申請人の申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

事実

(申立)

一、申請人

被申請人は申請人との間で昭和四二年四月四日に締結した別紙「覚書」記載どおりの労働協約を仮に遵守し履行しなければならない。

申請費用は被申請人の負担とする。

二、被申請人

本件申請を却下する。

(主張)

一、申請人

1、申請の理由

(一) 被申請人は、大分県宇佐郡四日市町、同長洲町、同宇佐町、同駅川町の四町が昭和四二年四月一日に合併してできた市であって、被申請人市の区域内において失業対策事業を実施しているものである。

申請人は、右四町の合併に伴い昭和四三年一〇月三一日全日本自由労働組合(職業安定所に登録された日雇労働者を中心に失業者、半失業者を組合員として組織され、本部を東京に置き、その下部組織として都道府県ごとに支部を有し、右組合本部および支部の下部機関として市町村ごとに分会を有し、組合員の社会的経済的地位の向上をはかることを目的として設立された労働組合)大分県支部四日市分会、同長洲分会、同宇佐分会、同駅川分会が統合されて結成されたものであって、被申請人が事業主体となって行う宇佐市失業対策事業に就労する者を主たる構成員として、構成員の社会的経済的地位の向上のため労働条件ならびに福利施設の改善等について独自の活動を行う団体である。

(二) 被申請人は、昭和四二年四月四日、申請人の前身たる右四日市分会、長洲分会、宇佐分会、駅川分会および申請外労働組合との間で別紙覚書記載どおり労働協約を締結した。右労働協約締結にあたっては、被申請人市の失業対策事務所所長たる小袋秀夫が被申請人からその締結権限を授与されていたものであり、同人が被申請人を代理して協約を締結し、かつ、覚書に署名した。

(三) 本件仮処分の必要性

しかるに、被申請人は、昭和四二年九月一日ころから就業規則たる性質を有する宇佐市失業対策事業運営管理規程を実施すると称して右労働協約の内容に反する規定を有する右運管規定を一方的に強行して現在に至っている。

そのため、申請人およびその構成員たる組合員は前記労働協約たる本件覚書によって保障されたはずの組合活動上の諸権利および労働条件を侵害され、その結果、申請人は現にその組織および財政に回復しがたいほどの著しい損害を蒙っている。

そこで、申請人は右の回復しがたい損害を避けるため前記の裁判を求める。

2、被申請人の本案前の主張に対する反論

前記のとおり、申請人は宇佐市が事業主体となって行う失対事業の就労者を構成員とし、その構成員の社会的経済的地位の向上をはかるために必要な独自の活動を行う人的結合団体であって、構成員各自から独立した存在および活動を有しているものであるから、民訴法四六条によって訴訟当事者能力を与えられるべきことは明らかである。

3、被申請人の本案に関する反対主張に対する反論

被申請人は、本件覚書中前記運管規定に反する部分は効力を生じないと主張するが右運管規定のうち少くとも雇用の開始および終了の時期、作業規律の保持、労働時間、賃金、安全および衛生、災害の補償および社会保険に関する部分は労働基準法でいう就業規則たる性格を有するものであり、本件覚書は労働協約であるところ、労働基準法九二条一項により労働協約は就業規則に優先する。したがって本件覚書の効力が右運管規定によって否定されることはありえない。

4、被申請人の抗弁に対する認否

前記四分会の組合員による強迫的行為があったとの事実は争う。

二、被申請人

1、本案前の主張

(一) 申請人は法人格を認められた法人ではないし、法人格なき社団にして代表者の定めあるものとしての実態も備えていない。また、労働組合法五条の規定による労働委員会への届出もしていない。したがって、本件申請の当事者となる能力がない。

(二) 本件仮処分申請の趣旨は、具体的かつ特定の作為または不作為を命ずべきことを求めるのではなく、抽象的あるいは包括的内容の仮処分命令を求めるものであるから、本件仮処分申請は不適法であって許されない。

2、申請の理由に対する認否および反対主張

(一) 申請の理由(一)の前段は認めるが、同(二)は否認する。

(二) 本件覚書は、被申請人市の失対事務所長小袋秀夫が前記四分会の組合員らに強く迫られてやむをえず個人として署名指印したものにすぎないところ、労働協約等被申請人市に新たに権利義務を生じさせる契約締結の権限は市長の専権であって、失対事務所長小袋には市を代理して本件覚書を締結する権限はない。もとより、市長が右小袋に本件覚書締結の権限を授与したこともない。

(三) 仮に覚書成立の事実が認められるとしても、本件覚書中賃金に関する部分等緊急失業対策法等の法令に牴触する部分および同法一一条に基づき労働省令で定めるところにしたがって定められた被申請人市失対事業運管規程に牴触する部分は法律上無効である。

3、抗弁

仮に覚書成立の事実が認められるとしても、前記小袋が本件覚書に調印したのは、申請人の前身である前記四分会が右小袋に対し昭和四二年四月四日および同月一〇日の両日にわたって所属組合員多数の威力をかり、大声を出したり、暴言を浴せる等して執拗に右覚書への調印を迫るという強迫的な挙に出たため、その圧力に屈してやむをえずしたのであるから、被申請人は本訴(昭和四四年六月一八日の口頭弁論期日)においてこれを取り消す旨の意思表示をした。

(疎明)≪省略≫

理由

一、本案前の主張について

1、被申請人において申請人の訴訟当事者能力を争うので、まず、この点について判断する。

全日自労設立の目的、その組織が本部を頂点として支部、分会と下るピラミッド構造をなしていること、申請人分会の構成メンバー、申請人が右全日自労設立の目的に沿ってその構成員のために独自の活動を行っていることは被申請人において明らかに争わないから自白したものとみなす。

≪疎明省略≫によれば、申請人分会は、全日自労組合規約に基づき、最高議決機関として分会委員会、分会の執行機関として分会執行委員会を置き、分会執行委員長が分会を対外的に代表していること、現在、分会の執行委員長には岩本昭吉が選任されていることが認められる。

右の事実関係からすると、申請人は民訴法四六条によって訴訟当事者能力を認められるべきである。

2  つぎに、本件覚書の記載によれば、申請人の求める本件仮処分の趣旨は、広範な範囲に及ぶ組合活動上の諸権利や種々の労働条件に関する内容を包含する労働協約を遵守し履行せよ、というものではあるが、被申請人が主張するように、不特定、抽象的な労働協約の遵守、履行を求めるものではない。そして、このような仮処分申請は保全の必要性の段階においては検討されるべき問題があるにしても、申請の趣旨自体を直ちに不適法と解すべきではない。

二、よって本案について検討する。

1、≪疎明省略≫によれば、次の事実を一応認めることができる。

前記四町には、労働省の指導によって、昭和三八年から現在の被申請人市の失対事業運管規程とほぼ同内容の運管規程が施行されていたが、実際には、労働時間、賃金の格付、賃金計算等の労働諸条件について右各運管規定よりもずっと緩和された慣行が行なわれていた。

さて、被申請人市は昭和四二年四月一日発足し、即日同市の失対事業運管規定が施行されたが、前記のとおりその内容は右四町の運管規定とほぼ同様であった。

そこで、右四分会は、新たに発足した被申請人市の行う失対事業においても、運管規定より緩和された労働慣行が行なわれるよう被申請人市の了解を取付けようと考え、同月四日午前九時ごろから、当時の失対事務所長小袋秀夫を交渉の相手方として緊迫した雰囲気のもとに長時間にわたり折衝を重ねた。しかし、この日は、右小袋が直ちに本件覚書に調印することを拒否したので、右四分会と小袋は同月一〇日に交渉を再開することを約して別れた。そして、同月一〇日午前一〇時ころから交渉を再開し、その結果、本件覚書が調印されるに至った。

以上の事実を一応認めることができる。そして、右本件覚書調印の経過に照らすと、右小袋は被申請人市の失対事務所長として職務上本件覚書に調印したものと一応推認することができる。なるほど、≪証拠省略≫によれば、右小袋は本件覚書に調印するに際し、自己の署名に何らの肩書を付せず、しかも署名指印していることが認められるが、この事実をもってしては右推認を覆すことはできず、他に右推認を覆すにたりる証拠はない。

2、そこで、次に、前記小袋が被申請人市を代理して本件覚書を締結する権限があったか否かについて検討するに、申請人提出、援用の全疎明によっても右小袋が右代理権限を有していた事実を肯認することはできない。

かえって、≪証拠省略≫によれば、本件覚書が調印された当時、被申請人市の職員の職務権限は四日市町事務決済規則によっていたこと、同町では失対事業関係の事務は建設課長が執行していたこと、同町建設課長の権限中失対事業関係の権限が被申請人市の失対事務所長に移されていたこと、建設課長から移管された失対事務所長の権限中には被申請人市に新たに権利義務を生じさせるような契約を締結する権限は含まれていなかったことが認められる。つまり、本件覚書のごとき契約を締結することは失対事務所長小袋の権限外の事柄であったわけである。

また、前掲各証拠によれば、本件覚書が調印された当時は、被申請人市が発足した直後のため、同市の市長はまだ選挙されておらず、新市長が選挙されるまでの間、暫定的に訴外河野喜太郎が市長の職務を執行していたこと、同人に対し右小袋から右四分会等との交渉の場に出てもらいたい旨依頼があったが、同人は労働協約等締結のごとき重大な事項については、事柄の性質上、新市長においてなすべきである、との理由から右小袋の申出を拒絶したことを一応認めることができ、この認定を覆すにたりる証拠はない。つまり、本件覚書を締結するについて特に右小袋に代理権が与えられたということもなかったのである。

以上のとおりであって、結局、右小袋が市を代理して本件覚書を締結する権限を有していた事実については疎明がないことに帰する。

三、そうすると、本件覚書は被申請人市と前記四分会ひいては申請人との間で効力を生ずるに由なく、本件仮処分申請は被保全請求権の疎明がないことになるから、その余の点について判断するまでもなく、また、保証を立てさせて右疎明に代えることも相当でないから、本件申請は失当として却下をまぬかれない。

よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高石博良 裁判官 阿部功 浜井一夫)

〈以下省略〉

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